buy a suit スーツを買う

市川準監督、最初で最後のプライベートフィルム

「勢いだけで描いた“線”のような」、「ヌーベルヴァーグが16mmのカメラを持ち、外に飛び出して、ノーライトで映像を撮りはじめた当時の“初心”のようなものが、今回自分の気持の中にもあったような気がする。」市川準 2008年8月
buy a suit

初監督作品『BU・SU』以来、20作に及ぶ映画を製作し続けてきた市川準監督が、自らの日常を鉛筆でメモするようにHDVカメラを回しはじめた…。このささやかな流れの中で実験的に“映画のようなもの”を創ってみたいという衝動から『buy a suit スーツを買う』という自主制作映画を完成させた。2007年12月の寒空のもと、2日間で行われた撮影。出演を普段からキャラクターが面白いと思っていたCMの仕事仲間に依頼。A4で6ページほどのシナリオと、登場人物のバックボーンを細かく記した副読本。“あとは自由に話して”と、顔なじみのキャストのキャラクターを活かしながら各シーンの台詞は生まれていった。
そんな中、「もうわたしら、確かめ合うのやめよ…確かめ合おうとするさかい みんな、わやになってしまうんやんか…」このトモ子(三枝桃子)が口にする台詞は、市川監督がシナリオに記した通り、正確に表現されている。

“この台詞を思い出すと、なんだか勇気がわいてくる” 市川監督の作品ノートには、こんな言葉が遺されていた。

素人キャストの新鮮な表情を捉え、オール“関西弁”で紡がれる会話が、東京の街の風景とシンクロし、焦燥感と空虚感の間を揺れながらも、そっと繋がって生きる人々の心模様を、切なくも温かく映し出している。

2008年9月19日、市川準監督は、本作の本編集を終え、スタジオを出て、そのまま不帰の人となった。
“毎年、ごく少人数で、小さな映画を撮っていきたい” そのスタートとして制作された『buy a suit スーツを買う』。“なにかしら新しいことをするのは気持も新しくなるものですね” と、市川監督はこの作品創りを本当に楽しんでいた。

2008年10月、『buy a suit スーツを買う』は東京国際映画祭・日本映画「ある視点」部門で作品賞を受賞。

2009年4月、東京・渋谷 ユーロスペースを皮切りに全国で順次公開され、高崎映画祭、香港国際映画祭、全洲国際映画祭、New York Japan Society、Singapore Film Society 他、国内外の映画祭などで上映が続いている。

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ストーリー

東京・秋葉原。
同僚のスミちゃん(松村寿美子)と共に大阪から上京し、秋葉原の駅に降り立つユキ(砂原由起子)。スミちゃんと駅で別れたユキは駅前の大きなビルの前で、蒸発した兄・ヒサシ(鯖吉)の大学時代の先輩・山口(山崎隆明)と落ち合う。今は広告代理店で仕事をしているという山口。ユキは、まったく消息がわからなかったヒサシから最近手紙が届き、住所が書いてあったことを話す。ヒサシの思い出など話す山口は、やおらノートパソコンを開きヒサシ宛に手紙を書きはじめる。これからヒサシに会いに行くユキに山口はプリントした手紙を渡し「会ったらよろしく」と、忙しそうにビルへ戻って行った。ヒサシの手紙の住所をたどってバスに乗ったユキ。たどり着いたところは吾妻橋のたもとだった。隅田川に添って点々とダンボールの家がある。片隅のひとつからゴソゴソと人が出てくる。それは兄ヒサシだった。やがてとつとつと話し始める兄妹。ふと、今は浅草にいるヒサシの元妻・トモ子(三枝桃子)に、二人で今から会いに行こうという話になる…。

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“出会わなければよかったなんて言わないでくれ”
TOKYOレンダリング詩集
TOKYOレンダリング詩集

「人がいる場所」「人と流れる時間」「人が織りなす詞(コトバ)」。
その場所に立ち、その時間を感じ、そのコトバをのせて東京に浮かび上がる情緒を“レンダリング”した映像作品。2008年、春先の東京。市川準が日常における“人を観る時間”の中で切り取ったいくつもの風景。
『TOKYOレンダリング詞集』は『buy a suit スーツを買う』と同時に制作され、市川準自身がパソコンで全編の編集を行った。

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